大判例

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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)4234号 判決

原告

北川恵一

右訴訟代理人弁護士

中田真之助

守田和正

被告

株式会社三井銀行

右代表者代表取締役

草場敏郎

右訴訟代理人弁護士

各務勇

牧野彊

右訴訟復代理人弁護士

鈴木春樹

主文

一  被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月二五日から昭和五九年一月三日まで年一分七厘五毛、同年一月四日から同年八月九日まで年一分五厘、同年八月一一日から完済まで年六分の各割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は銀行業を営む株式会社である。

2  原告は、昭和五八年一〇月二五日、被告目黒支店において、被告に対し、成宮和子名義で、二〇〇万円を普通預金(みつい総合口座、口座番号五一五八五九七、以下「本件預金」という。)として預け入れた。

3  原告は、昭和五九年八月一〇日、被告目黒支店において、被告に対し、本件預金の払戻しを請求した。

4  本件預金の利率は、預入時から昭和五九年一月三日までは年一分七厘五毛、同年一月四日から同年八月九日までは年一分五厘である。

よつて、原告は被告に対し、本件預金元本である二〇〇万円並びにこれに対する預入れの日である昭和五八年一〇月二五日から昭和五九年一月三日まで年一分七厘五毛、同年一月四日から払戻しを請求した日の前日である同年八月九日まで年一分五厘の各割合による普通預金利息及び払戻しを請求した日の翌日である同年八月一一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、3、4の事実はいずれも認める。

2  同2については、原告主張の日時に成宮和子名義の普通預金二〇〇万円が被告の目黒支店に預け入れられたこと及びその口座番号が原告主張のとおりであることは認めるが、原告が預金者であることは否認する。

三  抗弁

1(一)  被告は、本件預金の名義人である成宮和子に対し、次のとおり本件預金全額を払い戻した。

昭和五九年七月 九日 一二〇万円

同 年  同月二三日 二三万円

同 年  同月二四日 二〇万円

同 年  同月三一日 三〇万円

同 年  八月 一日 七万円

(二)  本件預金の預入れ及び払戻しの経緯は次のとおりである。

(1) 原告は、本件預金の預入れ当日、被告の目黒支点に初めて来店したいわゆる一見の客であるところ、成宮和子名義の本件預金の預入れをするにあたり、自己の氏名を名乗らなかつたし、また自己が預金者であると名乗ることもしなかつた。

(2) 本件預金日である昭和五八年一〇月二五日から前記第一回目の払戻日である昭和五九年七月九日までの間、原告と被告目黒支店との接触は全くなかつた。

(3) 成宮和子は、被告目黒支店に昭和五二年七月一八日当座勘定口座を開設しその後引き続き当座取引を行つていた株式会社サンショウ(以下「サンショウ」という。)の代表取締役であり、目黒支店に出入りしていたから、目黒支店は成宮和子を熟知していた。

(4) 昭和五九年七月九日午後二時三〇分ころ、被告目黒支店はサンショウに対し、当日の当座預金残高が一一四万八四八八円不足するから不足分を至急入金するように督促したところ、同日午後三時三〇分ころ、成宮和子は電話で、本件預金口座から一二〇万円をサンショウの当座預金口座へ振り替えてほしい旨依頼してきた。右依頼を受けた目黒支店の大木副係長は従来成宮和子と面識があつたが、電話の声は成宮和子本人に間違いないことを確認できたので、サンショウの不渡りを回避するため、本件預金名義人の届出住所氏名が成宮和子の住所氏名と一致していることを確認したうえ、仮払扱いで、本件預金口座から一二〇万円をサンショウの当座預金口座へ振り替えた。

(5) その後もサンショウの前記当座預金残高が不足する度に成宮和子から前同様の振替の依頼があり、前記(一)のとおり、その都度、本件預金口座から仮払扱いで振替がなされたのである。

(三)  右のとおり、成宮和子は同人名義の本件預金の存在及びその金額を知つており、被告目黒支店に対しその振替を依頼してきたのであるから、同人は本件預金債権の準占有者である。そして、被告は右払戻しに当たり成宮和子が本件預金の預金者であると信じたが、本件預金名義人の届出住所氏名は成宮和子の住所氏名と一致しているうえ、サンショウの不渡りを回避するためには調査の時間的な余裕もなく、またその手がかり等もなかつたのであるから、被告が成宮和子を本件預金の預金者であると信じたことについて過失はない。したがつて、本件預金債権は右払戻しにより消滅した。

2  原告は、いわゆる少額貯蓄非課税制度による非課税枠(以下「マル優枠」という。)を他人に使用させることは許されないことを承知しながら、成宮和子と合意のうえ、成宮和子のマル優枠を使用する目的で、自らが預金者であるにもかかわらず、成宮和子名義で本件預金をしたものであるところ、被告が本件預金を成宮和子に払い戻した真の原因は、原告と成宮和子との通謀により作出された成宮和子名義の外観を信頼したためであるから、民法九四条二項の準用により、原告は被告に対し、本件預金が原告の預金であることをもつて対抗し得ない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1については、(一)は不知、(二)のうち(1)については原告が本件預金の預入れ当日被告目黒支店に初めて来店したことは認め、その余は否認し、(3)ないし(5)は不知、(三)は否認する。

原告は、昭和五八年一〇月二五日、自ら被告目黒支店に赴き、応接に当たつた女子行員に対し、二〇〇万円を成宮和子名義で定期預金として預け入れたい旨を申し出届出印としては本件預金で使用した原告の印鑑を使用する旨告げたところ、代わつて応待に出た同支店の関口富夫係長は、成宮和子名義でマル優扱いとするためには成宮和子名義の印鑑を使用してほしい旨述べ、原告に対し附近の印鑑店の所在を教え、成宮名義の三文判を買つてくるよう勧めた。しかし原告はその三文判を入手することができなかつたので、再び同支店に戻り、関口係長にその旨を話したところ、普通預金であれば原告名義の印鑑でよいとのことであつたので、とりあえず持参した現金二〇〇万円を成宮和子名義の普通預金として預け入れたのである。したがつて、原告が本件預金の預金者であることを被告は十分認識していた。

また、仮に成宮和子に対する仮払いに当たり被告が同人を預金者と信じたとしても、成宮和子は本件預金について通帳も届出印鑑も所持しない(預金時以降原告がこれらを所持している。)のであるから、本件預金債権の準占有者となるものではないし、本件預金に使用した印鑑は少くとも成宮和子の名義のものでないことは一見して明らかであるから、被告には過失がある。

2  抗弁2については、原告が成宮和子名義で本件預金を預け入れたことは認め、その余は否認する。

原告は、預金名義人として成宮和子の名義を利用したほかは、預金者が成宮であるとの誤解を生じさせるような言動は一切していないし、むしろ原告自身が成宮和子名義で預金するものであることを被告目黒支店の関口係長や女子行員に明らかにしているし、成宮和子名義の預金契約を成立させたのは原告と被告なのであるから、被告は外観を信頼した第三者には該当しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、3、4の各事実については当事者間に争いがない。

2 請求原因2について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  原告は、かねてより、成宮和子から、銀行預金をする場合には同人の取引先である被告目黒支店に預金をしてほしい旨依頼されていた。また、成宮和子は、預金の際には同人のマル優枠を利用してよいと言つていた。

(2)  原告は、自己のマル優枠がいつぱいであつたこともあり、成宮和子のマル優枠を利用して定期預金をしようと考え、昭和五八年一〇月二五日、被告目黒支店に赴いた。

(3)  原告は、同支店において、窓口の女子行員に対し、成宮和子名義で定期預金をしたいが自己名義の実印しか所持していない旨告げたところ、同行員に代わつて応待に出た同支店営業係長関口富夫より、名義と印鑑が相違していてはマル優の定期預金はできないから成宮名の三文判を買つてきてはどうかと告げられ、同時に、同支店近くの印鑑店を教えられた。そこで、原告は、右印鑑店に行き成宮名の三文判を求めたところ、それが無く、かつ、作つてもらうには時間がかかるため、購入をあきらめて再び同支店に帰り、関口にその旨告げたところ、同人は、普通預金であれば名義と印鑑が相違してもよい旨教えた。

(4)  そこで、原告は被告に対し、持参した自己の所持金二〇〇万円を、預金者名を成宮和子とし、自己の名(恵弐)を刻した印鑑を届出印鑑としてて普通預金として預け入れた。

(二)  右認定事実によれば、本件預金の名義人は成宮和子とされているがこれは原告が同人のマル優枠を利用しようとしたためにすぎないものであり、本件預金は原告がこれを出捐し、原告自ら預け入れたものであることが認められるから、本件預金の預金者は原告であると認めるのが相当である。

二抗弁について判断する。

1(一)  〈証拠〉によれば、抗弁1(一)の事実を認めることができる。

(二) 普通預金の預金者と異なる者が右預金の払戻しを受けた場合において、その者が普通預金債権の準占有者であるというためには、原則として、その者が預金通帳及び当該預金につき銀行に届け出た印鑑を所持することを要すると解すべきである。もつとも、払戻しを受ける者が預金通帳及び届出印鑑の双方を所持しない場合であつても、特に銀行側にその者を預金者であると信じさせるような客観的事情があり、それが預金通帳及び届出印鑑の所持と同程度の確実さをもつてその者に預金が帰属することを推測させるものであるときは、その者を預金債権の準占有者ということができる。

これを本件についてみると、〈証拠〉によれば、成宮和子は、被告日黒支店に昭和五二年七月一八日当座預金口座を開設しその後引き続き当座取引を行つていた和洋服コンサルタント業を営むサンショウの代表取締役であるが、昭和五九年七月九日のサンショウの当座預金残高は一一四万八四八八円不足していたこと、被告目黒支店の担当者はサンショウに対し当日の入金状況を問い合わせていたところ、午後四時近くになつて成宮和子は被告目黒支店に架電し、担当の営業副係長である大木茂正に対し、午後五時ころまで待つてほしいと述べたが、銀行の営業時間も終了しており、不渡処分も考慮しなければならない時間であつたため、大木が、何とかもう少し早く入金する方法を考えてほしいと述べたところ、成宮和子は、自分個人の普通預金があるので、そこから一二〇万円をサンショウの当座預金口座に振り替えてほしい旨述べたこと、大木は従前から成宮和子に面識があり、右電話による依頼が確かに成宮和子本人によりなされていることが確認できたため、サンショウの不渡処分を回避すべく、本件預金の預金通帳及び届出印鑑の呈示を受けないまま、直ちに本件預金から一二〇万円をサンショウの当座預金口座に振り替えたこと、その後もサンショウの当座預金残高が不足する度に、成宮和子は被告目黒支店に対し右同様の依頼をくり返し、その都度、被告担当者はサンショウの不渡処分を回避するため、預金通帳及び届出印鑑の呈示のないまま、右(一)認定のとおり本件預金からサンショウの当座預金口座への振替を行つたこと、被告担当者は右各振替の都度、速やかに本件預金の預金通帳及び届出印鑑を持参するよう成宮和子に要求していたが、同人は種々の口実を設けて結局、一度もこれらを持参しなかつたこと、以上の事実を認めることができる。

右事実によれば、被告担当者は、本件預金の名義人が成宮和子であり、成宮和子から本件預金を指摘して振替の依頼がなされたため、同人を本件預金の預金者と判断し、同人に対し本件預金を払い戻したものということができるが、一般に預入れに際し預金者と預金名義人の同一性の確認手続の行われていない普通預金取引の現状にかんがみると、預金名義人から当該預金の払戻請求がなされたことをもつて当該預金名義人を当該預金債権の準占有者ということはできないというべきであり、他に本件において、預金通帳及び届出印鑑の所持と同程度の確実さをもつて成宮和子を本件預金の預金者と推測させるような客観的事情を認めるに足りる証拠はないから、結局、抗弁1は理由がない。

2  被告は、民法九四条二項の準用により、原告は本件預金が原告の預金であることをもつて被告に対抗し得ないと解すべきである旨主張するが、一般に銀行は普通預金の預入れを受ける場合に当該預金の真の預金者を詮索するものではなく、それが何人であるかにつき格別の関心を有するものではないから、被告の右主張は失当である。また、被告の右主張を、被告は民法九四条二項の類推適用により、成宮和子に対する本件預金の払戻しをもつて原告に対抗し得ると解すべきであるとの主張であると善解しても、民法は弁済受領権限のない者に対する弁済については、そのうち債権者たるの外観を信頼してなされた弁済を債権の準占有者に対する弁済として保護する(四七八条)とともに、そのほかは債権者がそれによつて利益を受けた限度においてのみ効力を有するにすぎないものとしている(四七九条)のであるから、債務の弁済につき、民法四七八条のほかに一般的な権利外観法理の下に民法九四条二項を類推適用することはできないというべきである。

よつて、抗弁2は理由がない。

三以上によれば、本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行の宣言は付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官野崎弥純)

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